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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)65号 判決

東京都大田区中馬込1丁目3番6号

原告

株式会社リコー

代表者代表取締役

浜田広

訴訟代理人弁護士

稲元富保

訴訟代理人弁理土

樺山亨

本多章悟

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

松本悟

今野朗

土屋良弘

主文

特許庁が、昭和61年審判第24423号事件について、平成3年12月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年1月23日、名称を「現像装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をした(特願昭53-5294号)が、昭和61年10月22日に拒絶査定を受けたので、同年12月22日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和61年審判第24423号事件として審理し、平成3年12月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成4年2月26日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

感光体の有効部とこの有効部の両側に位置する感光体幅方向端部とが帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像が前記有効部に形成された前記感光体の表面を、現像電極に担持され前記感光体と同極性の帯電極性をもつトナーで反転現像して前記静電潜像を顕像化する現像装置において、前記現像電極の長さを前記露光手段によって静電潜像が形成される前記感光体の有効部の幅と同じかまたは略短く設定したことを特徴とする現像装置。

3  審決の要旨

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前頒布された刊行物である特公昭49-11581号公報(以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に記載されたものから、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

なお、審決書中の「軸方向端部」(審決書4頁17、18、19行、5頁3、4、6、7行)は、いずれも「幅方向端部」の誤記である。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定は認めるが、引用例の記載事項については、「現像電極の長さを感光体の巾(即ち有効部)と同じにした現像装置が記載されている」との点(審決書3頁18行~4頁6行)を争い、その余は認める。本願発明と引用例発明の一致点の認定及び相違点の判断は争う。

審決は、本願発明及び引用例発明の技術内容を誤認したため、本願発明と引用例発明の一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、本願発明と引用例発明の相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果、本願発明は引用例発明から容易に発明できたものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、引用例には、「すべての部分が有効部である感光体が帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像が感光体の巾より狭い範囲に形成された前記感光体の表面を、現像電極に担持された前記感光体と同極性の帯電特性をもつトナーで反転現像して前記静電潜像を顕像化する現像装置において、前記現像電極の長さを前記感光体の巾(即ち有効部)と同じにした現像装置が記載されているものと認める」(審決書3頁18行~4頁6行)と認定したが、「前記現像電極の長さを前記感光体の巾(即ち有効部)と同じにした現像装置が記載されている」とした点は、以下に述べるとおり誤りであり、この点で本願発明と一致するとした審決の認定は誤りである。

(1)  本願発明の出願以前に広く実施された現像装置においては、現像電極の長さが感光体の幅方向長さ(少なくとも本願明細書でいう「有効部」の長さ)より長く設定されていた。すなわち、現像電極は感光体に形成される静電潜像を顕像化するためのものであるから、少なくとも感光体の静電潜像を形成する部分に対応する長さを有していることが必要である。しかし、この場合、通常の現像(ポジポジ現像)を行う装置を設計する場合には、現像電極自体の製造誤差、現像電極と感光体との相対的取付け位置誤差、露光系の取付け位置誤差を考慮しなければならず、必然的に、現像電極の長さを感光体の幅方向長さよりも長く設定しなければならない、というのが技術常識であった。

このように、現像電極の長さを感光体の幅よりも長く設定していても、通常の現像(ポジポジ現像)の場合、感光体の画像部以外のところに露光して電荷を除去し、未露光部の画像部に電荷を残した静電潜像を形成し、感光体の帯電特性と逆極性のトナーを吸引付着させて現像するものなので、感光体幅方向端部と現像電極が対向しあっていても、露光により電荷が除去されている幅方向端部を含めた非画像部分へのトナーの付着はなく、したがって、感光体幅方向端部が何らかの技術的問題を引き起こすことは全く考えられず、当業者にとって、感光体幅方向端部が技術上問題になることはなかった。

これに対し、反転現像(ネガポジ現像)の場合、感光体の画像部(有効部)にのみ露光して電荷を除去した形の静電潜像を形成し、非画像部分の電荷を残存させておき、感光体の帯電特性と同極性のトナーで現像するものであって、露光されなかった非画像部分には同極性の電荷が残っているためトナーは反発されて付着せず、画像部には逆極性の電荷が誘起されてこれによりトナーが吸引されて現像されるものである。したがって、本来からすれば、電荷が残存する感光体幅方向端部にはトナーが付着しないから、現像しても転写紙にトナーが付着しないはずであるにもかかわらず、現実には、転写紙の端がトナーで汚れるという問題が生じていた。

本願発明は、上記転写紙の端の汚れは、反転現像においては、露光により電荷が除去された画像部(有効部)のみならず、周囲に比べて電荷が低い感光体幅方向端部にもトナーが付着することに原因があることを解明し、これを解決するために、現像電極の長さを前記露光手段によって静電潜像が形成される前記感光体の有効部の幅と同じかまたは略短く設定する構成を採用し、もって、転写紙の端の汚れを防止することを目的とするものである。

(2)  一方、引用例には、被告も認めるとおり、感光体幅方向端部の有無のみならず、現像電極の長さと感光体の幅との関係について言及した記載は一切ない。これは、引用例発明の技術が感光体幅方向端部に関することを技術課題としていない以上当然である。

そして、引用例の「写真のネガフイルムから引伸ばしによつて電子写真的に反転現像によつてポジプリントを得る場合、普通は画像部の外側に白ワクを設けることが行われる。反転現像において白ワクを設けるには、白ワク部分を高電位に帯電しておいてトナーがこの領域に全く付着しないようにする。」(甲第6号証1頁1欄30~36行)との記載によれば、引用例発明において、本願発明の静電潜像が形成される感光体の有効部に該当する部分は、画像部と白ワク部分を含めた部分であることは明らかである。

審決によれば、引用例発明には本願発明にいう「感光体幅方向端部」は存在しないのであるから、引用例発明は、感光体の有効部にトナーが付着しない部分を形成することで、顕像化したときに「白ワク」が形成されるようにすることが目的であって、これ以上に感光体の有効部外にある幅方向端部にトナーが付着しないようにして転写紙の端の汚れを防止する目的は存在しえない。まして、引用例発明では、本願発明のように、帯電、未露光によってトナーが付着しないはずの部分にトナーが付着して転写紙の端が汚れるという課題は何ら認識されておらず、その原因が感光体幅方向端部に存することは解明されていない。

(3)  このように、両者の解決しようとする技術的課題、目的及び構成は明らかに異なっているのである。

にもかかわらず、審決は、本願発明及び引用例発明の技術内容を誤認し、現像電極の長さを感光体の有効部幅と同じにした現像装置が引用例に記載されていると誤認した。

したがって、この点で本願発明と引用例発明とが一致するとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明の相違点の判断において、「良好な静電潜像を得るには、静電潜像を特性の良好な感光体の有効部に作ることは自明のことであり、幅方向端部に静電潜像を形成するのではないから、幅方向端部を有することに格別な技術的課題を有するものではない。また、幅方向端部を有する場合には、帯電によって幅方向端部が高電位になっているのではないから、現像電極によってこの個所にトナーが付着することは明らかであり、この個所が汚れないようにこの個所に現像電極を設定しないようにすることは容易になしうることである。」(審決書5頁1行~11行)と判断している。

しかし、上記のとおり、引用例には感光体幅方向端部に関する記載は全くなく、感光体幅方向端部にトナーが付着することは、引用例からは全く窺い知ることができない。したがって、審決は、本願発明及び引用例発明の技術内容を誤認し、本願発明と引用例発明の技術的課題、目的及び構成が明らかに異なっているのを看過しており、このことが相違点の判断に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決の上記相違点の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例には、感光体の幅と有効部幅とが一致しているとの記載はない。しかし、引用例は、潜像を形成するための感光体と潜像を顕像化するための現像電極を設けた通常の電子写真の構成を採用するものであり、感光体が本願発明のような帯電特性の点で有効部よりも劣る端部を有しているとの記載がなく、しかも、特開昭49-104636号公報(乙第1号証)の図面第5、第6図及び特開昭51-1380号公報(乙第2号証)の図面第1図にも示されているように、本願出願前、幅方向端部を有しない感光体はよく知られていたから、引用例発明の感光体は感光体幅方向端部を有していないと解するのが相当であり、審決の認定に誤りはない。

(2)  通常の電子写真の構成において、現像電極は画像部を現像するためのものであり、その長さを画像部の現像に必要な長さとすることは、汚れ防止の観点から当業者の技術常識に属することであった(乙第3、第4、第7号証)。

引用例記載の感光体は、画像部とその両端に配置された白ワクより構成されたものと解される。また、引用例発明は、写真プリントに適用しうるものであり、このような場合、白ワクの有無、幅の変更を行うことは当業者の技術常識であるから、プリントの白ワク幅の変更等にも対処しうるために現像電極の長さを画像部と白ワク部分とを合わせた領域、すなわち、感光体の有効部の幅を覆うに十分な長さとすればよいことは明らかである。したがって、引用例においても、現像電極の長さは、画像部の現像に必要な長さであって、かつ、感光体の幅を覆うに十分な長さということになるから、結局、感光体の有効部の幅と等しいものとなる。

したがって、「現像電極の長さを感光体の幅と同じにした現像装置」が記載されているとした審決の認定に誤りはない。

(3)  本願特許請求の範囲には、「前記現像電極の長さを前記露光手段によって静電潜像が形成される前記感光体の有効部の幅と同じかまたは略短く設定した」と記載されているように、現像電極は有効部の幅と同じ場合のほか、略短く設定する場合が存在しており、前者は画像部が有効部と一致する場合に相当するが、後者は画像部が有効部内に真に包含される場合に相当する。

したがって、後者の場合、画像部が有効部内に存在する点において本願発明と引用例発明とは同じであり、両発明の画像部の意味するところは異ならない。そして、両発明とも、画像部の外側にトナーが付着しないようにすることを目的としているから、両発明の目的は同一であり、審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例発明において、帯電対象は前記白ワク部分をも含む感光体であり、露光により静電潜像が形成される範囲は、白ワク内側の画像部すなわち感光体の幅より狭い範囲である。

審決は、感光体幅方向端部はその上に静電潜像を形成する訳ではないから、静電潜像を形成するという面からみた場合には感光体幅方向端部に技術的意義がないと述べているものであって、従来からよく知られている製造面からみた場合の感光体幅方向端部(乙第1、第2号証)の技術的意義をも否定しているものではない。

また、感光体幅方向端部にトナーが付着することに関しては、引用例に「電子写真的に反転現像によつてポジプリントを得る場合、普通は画像部の外側に白ワクを設けることが行なわれる。反転現像において白ワクを設けるには、白ワク部分を高電位に帯電しておいてトナーがこの領域に全く付着しないようにする。したがつて、白ワク領域には一様な高電荷密度の広い領域であり」(甲第6号証1欄31~37行)と記載されているように、この白ワクが画像部の外側のトナーを付着させてはならない領域であって、これは一様な高電荷密度の帯電により達成されるものである。すなわち、反転現像においては、トナーを付着させてはならない領域であっても、高電荷密度の帯電がなされていなければ、そこにトナーが付着することは明白であって、感光体幅方向端部がその機能上、上記の領域に相当するものである以上、そこにトナーが付着することは明らかである。

そして、前記のとおり、現像電極は画像部を現像するためのものであり、その長さを画像部の現像に必要な長さとすることは、汚れ防止の観点から当業者の技術常識に属することであったことを考慮すると、トナーが付着する個所に現像電極を設定しないようにすることは容易になしうることである。

よって、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明が、その要旨に示されているとおり、「感光体の有効部とこの有効部の両側に位置する感光体幅方向端部とが帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像が前記有効部に形成された前記感光体の表面を、現像電極に担持され前記感光体と同極性の帯電極性をもつトナーで反転現像して前記静電潜像を顕像化する現像装置」に係る発明であることは、当事者間に争いがない。

本願明細書及び図面(以下、図面を含め、「本願明細書」という。甲第5号証)によれば、通常、このような現像装置においては、アルミニウム等のドラム素材上に感光体が蒸着されるが、感光体が蒸着されないドラム素材の部分を非感光体部(同号証図面第1図及び第3図の各C)とすると、本願発明にいう感光体の有効部とは、感光体のうち「静電潜像が形成される」部分(同A)をいい、「感光体幅方向端部」とは、この有効部の両側に位置し、「感光層はあるが帯電後の表面電位など特性が感光体の有効部Aに比べて劣る」部分(同B)をいうこと(同2欄7~16行)が認められる。

そして、このような現像装置においては、帯電手段によって、帯電は感光体の有効部Aと感光体幅方向端部Bになされ、非感光体部Cは導電体に接地されているため多少電荷が乗ってもすぐ逃げてしまうこと(同2欄19~22行)、本願発明は、このような現像装置における欠点、すなわち、「反転現像の場合、電荷がない部分または周囲にくらべて電荷が低い部分にトナーが吸着されるため、現像電極2によつて感光体幅方向端部Bはもちろん非感光体部Cにもトナーが吸着される。これらの部分は非画像部であるが、転写紙が接しているためその転写紙の端の方がトナーで汚れる。」(同2欄23~29行)という欠点を除去するためになされたもので、「感光体の有効部のみを現像し、転写紙の汚れを防ぐことができる現像装置を得ることを目的」(同3欄10~11行)として、その要旨に示す構成を採用し、「現像電極の長さを感光体の有効部の幅と同じかまたは略短く設定したので、現像は感光体の有効部にしかなされず、これにより、トナーの付着し易い有効部以外の部分にトナーが付着することはなく、これにより転写紙の汚れを有効に防止することができるものである」(同4欄25~31行)効果を奏するものであることが認められる。

(2)  一方、引用例(甲第6号証)には、従来の反転現像法につき、「反転現像(潜像の電荷のない領域にトナーが付着する)においては、現像電極を用いても顕著にエツジ効果が残ることが多い。反転現像の場合のエツジ効果とは広くて一様な電荷密度を有する領域のすぐ外側が濃くさらに外側は薄く現像される現象である。写真のネガフイルムから引伸ばしによつて電子写真的に反転現像によつてポジプリントを得る場合、普通は画像部の外側に白ワクを設けることが行なわれる。反転現像において白ワクを設けるには、白ワク部分を高電位に帯電しておいてトナーがこの領域に全く付着しないようにする。したがつて、白ワク領域には一様な高電荷密度の広い領域であり、白ワクのすぐ内側の画像の周辺が濃くなつて著しく目につきやすい。・・・反転現像におけるエツジ効果は上述のように高品質の写真を得るときは大きな障害となる。反転現像におけるエツジ効果は現像電極を用いても完全に除去することは不可能に近い。」(同号証1欄25行~2欄10行)として、その欠点を指摘し、引用例発明は、「上述の如き従来の反転現像法における欠点を解決できる優れた反転現像法を提供する」(同2欄11~12行)ことを目的とし、そのため、「光導電性絶縁層を一様に帯電した後画像露光を行なつて静電潜像を形成し、潜像を形成する電荷と異符号を有し、光導電性絶縁層の地色に対して見分けのつかない色、即ち無色ないし白色または淡色の微細粉粒子(以後第一トナーという)を潜像面に供給して、潜像の電荷密度が急激に変化している領域に上記第一トナーを優先的に付着させ、次いで上記潜像面に潜像の電荷と同符号の電荷を有する着色微細粒子(以後第二トナーという)を供給し、現像電極を用いてこの第二トナーを潜像面に追いやる向きにバイアス電圧を印加することを特徴とする」(同2欄13~24行)反転現像法を提供することが記載されている。

(3)  審決は、引用例には、「すべての部分が有効部である感光体が帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像が感光体の巾より狭い範囲に形成された」ものが記載されているとし、「現像電極の長さを前記感光体の巾(即ち有効部)と同じにした現像装置が記載されているもの」と認めた(審決書3頁18行~4頁6行)うえ、引用例発明と本願発明とは、技術的課題において、「画像部以外の部分に現像剤が付着しないようにするという目的において一致し」(同4頁9~10行)、構成において、「現像電極の長さを感光体の有効部の巾と同じにした点で一致し」(同4頁15~17行)ていると認定している。

しかしながら、前示認定の事実から明らかなように、本願発明は、感光体が静電潜像を形成する有効部とこの有効部の両側に位置し帯電後の表面電位など特性が感光体の有効部に比べて劣る感光体幅方向端部とを有する現像装置を前提とし、その有効部の範囲外の感光体幅方向端部にトナーが吸着され、これにより生じる転写の際のトナーの汚れを防止することを目的として、現像電極の長さを、感光体幅方向端部を除く感光体有効部の長さに対応させる構成を採るものであるに対し、引用例発明は、画像部と高電位に帯電しておく白ワク部分を合わせた感光体の幅の範囲内で、白ワク部分のすぐ内側の画像の周辺部に生ずるエッジ効果を防止することを目的として、第一現像によって、潜像の電荷密度が急激に変化している領域に第一トナーを優先的に付着させてしまい、本願発明の現像に該当する現像電極を用いる第二現像ではこれらの領域に第二トナーが優先的に付着しないようにする方法であって、本願発明と引用例発明がその目的、構成及び効果において異なることは明らかである。

すなわち、引用例発明は現像電極の長さと感光体の有効部の幅との関係を技術的課題とはしていないのであって、引用例の全記載を検討しても、その感光体が感光体幅方向端部を有するものであるかどうか、この感光体幅方向端部との関係で現像電極の長さをいかに規定するかについて何らの記載も示唆もなく、また、引用例発明において、本願発明の感光体の有効部に対応する部分は、画像部とその外側の白ワク部分とを合わせた領域であることが認められる。

したがって、本願発明と引用例発明とが、外形的には、画像部の外側部分(本願発明においては感光体幅方向端部、引用例発明においては白ワク部分)にトナーを付着させないという意味では共通性があるものの、その画像部の外側部分の意義が両者において技術的に異なるのであるから、ここにトナーを付着させないとする技術的課題も自ずから異なり、この課題解決のために採用した手段も、前示のとおり、両者において技術的に無関係な手段である。

そうである以上、審決の前示認定のように、引用例発明と本願発明とが、「画像部以外の部分に現像剤が付着しないようにするという目的において一致し」と到底いうことはできず、構成において、「現像電極の長さを感光体の有効部の巾と同じにした点で一致し」ということもできないことは明らかである。

被告が乙号各証を挙げて反論するところは、上記説示に照らし採用できず、本件全証拠によっても、上記説示を覆すに足りる資料は見出せない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

前示のとおり、本願発明は、感光体が静電潜像を形成する有効部とこの有効部の両側に位置し帯電後の表面電位など特性が感光体の有効部に比べて劣る感光体幅方向端部とを有する現像装置において、その有効部の範囲外の感光体幅方向端部にトナーが吸着され、これにより生じる転写の際のトナーの汚れを防止することを目的とし、この問題の解決手段を提供するものであるから、その進歩性を判断するに当たっては、感光体が幅方向端部を有するものであることを前提として、この幅方向端部があることにより上記の欠点が生ずることの技術的課題を認識した上で、その解決手段として採用された本願発明の構成の容易推考性を判断しなければならないことは当然のことである。

しかるに、審決は、本願発明と引用例発明の相違点の判断において、「良好な静電潜像を得るには、静電潜像を特性の良好な感光体の有効部に作ることは自明のことであり、幅方向端部に静電潜像を形成するのではないから、幅方向端部を有することに格別な技術的意義を有するものではない」(審決書5頁1~6行)として、あたかも、本願発明が感光体の有効部に良好な静電潜像を得ることのみを目的とするように誤解し、本願発明において幅方向端部の持つ技術的意義を何ら理解しないまま、「この個所が汚れないようにこの箇所に現像電極を設定しないようにすることは容易になしうることである。」(同5頁9~11行)と判断しているのであって、この判断が、前示引用例発明と本願発明との一致点の誤認の上に立つ誤ったものであることは、明らかである。

3  以上のとおり、審決は、本願発明と引用例発明との一致点の認定及び相違点の判断を誤ったものであり、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

昭和61年審判第24423号

審決

東京都大田区中馬込1丁目3番6号

請求人 株式会社リコー

東京都港区南青山5-9-15 共同ビル(新青山)

代理人弁理士 柏木明

昭和53年特許願第5294号「現像装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年 8月19日出願公告、特公昭62-38702)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和53年1月23日の出願であって、その発明の要旨は、明細書と図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりのものであると認める。

これに対して、 年月日付けで拒絶理由を通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、請求人からは何らの応答もない。

そして、上記の拒絶理由は妥当なものと認められるので、本願は、この拒絶理由によって拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成 年 月 日

審判長 特許庁審判官 中山昭雄

特許庁審判官 板橋一隆

特許庁審判官 六車江一

理由

本願は、昭和53年1月23日の出願であって、その発明の要旨は、公告明細書並びに図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「感光体の有効部とこの有効部の両側に位置する感光体幅方向端部とが帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像が前記有効部に形成された前記感光体の表面を、現像電極に担持された前記感光体と同極性の帯電極性をもつトナーで反転現像して前記静電潜像を頭像化する現像装置において、前記現像電極の長さを前記露光手段によって静電潜像が形成される前記感光体の有効部の幅と同じかまたは略短く設定したことを特徴とする現像装置。」

にあるものと認める。

これに対して、特許異議申立人は甲第1号証(特公昭49-11581号公報)を提出し、本願の発明は甲第1号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨主張している。

そこで、上記主張について検討すると、甲第1号の第1頁左欄30行ないし37行には、「写真のネガフィルムから引伸しによって電子写真的に反転現象によってポジブリントを得る場合、普通は画像部の外側に白ワクを設けることが行なわれる。反転現像において白ワクを設けるには、白ワク都分を高電位に帯電しておいてトナーがこの領域に全く付着しないようにする。したがって、白ワク領域には一様な高電荷密度の広い領域であり、」と記載され、同じく第1頁右欄20行ないし24行には、「次いで上記潜像面に潜像の電荷と同符号の電荷を有する着色微細粒子(以後第二トナーという)を供給し、現像電極を用いてこの第二トナーを潜像面に追いやる向きにバイアス電圧を印加することを特徴とする。」と記載されている。してみると、甲第1号証には、すべての部分が有効部である感光体が帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像が感光体の巾より狭い範囲に形成された前記感光体の表面を、現像電極に担持された前記感光体と同極性の帯電特性をもつトナーで反転現像して前記静電潜像を顕像化する現像装置において、前記現像電極の長さを前記感光体の巾(即ち有効部)と同じにした現像装置が記載されているものと認める。

そこで、本願の発明と甲第1号証に記載されたものとを比較すると、先ず、技術課題についてみると、両者は、画像部以外の部分に現像剤が付着しないようにするという目的において一致している。次に構成についてみると、両者は、感光体が帯電手段によって帯電され、露光手段によって静電潜像がその有効部に形成された前記感光体と同極性の帯電極性をもつトナーで反転現像して前記静電潜像を顕像化する装置において、現像電極の長さを感光体の有効部の巾と同じにした点で一致し、本願の発明は感光体が有効部の両側に軸方向端部を有し、軸方向端部に現像電極が設定されていないのに対し、甲第1号証のものは軸方向端部を有していない点で相違している。

上記相違点について検討すると、良好な静電潜像を得るには、静電潜像を特性の良好な感光体の有効部に作ることは自明のことであり、軸方向端部に静電潜像を形成するのではないから、軸方向端部を有することに格別な技術的意義を有するものではない。また、軸方向端部を有する場合には、帯電によって軸方向端部が高電位になっているのではないから、現像電極によってこの個所にトナーが付着することは明らかであり、この個所が汚れないようにこの個所に現像電極を設定しないようにすることは容易になしうることである。

したがって、本願の発明は甲第1号証に記載されたものから、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年12月26日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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